中島新田

 中島新田は、今より約360年前、江戸時代の初期に破間川から水を引き、新田開発を行い、集落ができました。国道252号線を挟み、両側に主に居住し、約40世帯で3班を構成しています。
 従前より居住している人たちが多く、各種行事を行い、小さいながらもみんなの絆は強く住みやすい集落になっています。
 特に青年会の夏祭り行事は、長年、伝統が引き継がれ、子供みこし、夜店、魚のつかみ取りなど、帰省客を含め多くの方々が参加、にぎわっています。

 

みんなで集まり、みんなで動く、そんな中島新田です。

 

(2018年 中島新田区長)



稲荷神社

今より約180年前、破間川の水害により、下流の「たかまま」と呼んでいた場所から現在の場所に移ってきました。神社移転は古文書にあり、3日間お祭りしたそうです。
「天保十四年卯四月三十日 稲荷大明神 御位取 御しん宮有 御宮へうつす 酒三斗三升取 あま酒 弐斗作り 三十日より三日祭り有」(古文書より)
昔は道路から神社の入り口に小平尾から運んできた大きな石橋がありましたが、国道改修により今は残っていません。

 

以前は9月にご祭礼を行っていましたが稲刈り時期の関係で8月14日、15日になり、昼は子供たちのみこしが地区内を練りまわり、夜は盆踊り、青年会の夜店、抽選会とにぎやかな夜となります。

 

神社の境内には御嶽山、八海山、三笠山の大きな山岳信仰の石塔があり、また、二十三夜塔、庚申塔、供養塔などの石塔もあり、信仰の厚さがうかがわれます。



魚のつかみどり

青年会の夏祭り行事で、集落上手の用水路をせき止めて、帰省客の子供たちを含めおおぜいの方が参加、シャツやパンツをビショビショにしながら魚を追いかけます。

バケツいっぱいの魚に「どうやって料理する?」と心配する親に構わず「また、つかまえたぞ!」と歓声を上げる子供の声が響きます。


春まつり

青年会が3月の丑の日近くの日曜日に集会所で餅つき、豚汁、たこ焼き等で村の人たちをもてなします。

子供たちはもちろんのこと、お年寄りの方々も大勢来ていただいて、つきたての餅をほおばって春を迎えます。


さいの神

小さな集落の小さな さいの神です。
秋のイザライに合わせ、カヤ刈りを行い、集会所で保管、乾燥しておきます。
役員が会場整備を行い、カヤをまわして準備を行います。各々持参したスルメや餅を焼き、無病息災、五穀豊穣を祈願します。



中島新田今泉江口長松